バトルバディ・ア・ラ・カルト
 


     




武装探偵社がお忙しいのと競うわけじゃあないけれど、
港湾都市ヨコハマの裏社会の頂点に君臨する犯罪組織 “ポートマフィア”も、
そうそう公言して良いことじゃあないが毎日なかなかに忙しい。
直接の活動拠点こそ関東一円としているが、
提携を結ぶ関係組織も津々浦々に多々あって影響力は半端ではなく、
その活動範囲はもはや全国規模と言え。
そうまで大きな組織である以上、
活動の管理統制にも結構な情報管理が必要となる。
極端な話、情報や通知が錯綜した結果、
同じ組織へ支援と制圧と両方の応援部隊を送るなんてポカがあってはならないし、
えっと、ほら、先月抗争でぶつかった相手の組織って何て名前だったかな、
あの時に和解の手打ちをした代表の何とかさんがどうやら送検されたらしくてサ、
えっと、ほらあの…では済まないので、(当たり前…)
様々な記録の管理というものもしっかり整っており、
報告書、申請書などには書式定型を指定された専用の用紙があるほどで。
実際、9時から5時までの執務中の社屋内は、
一般的な商社辺りとなんら変わらない風景だったりする。
業務報告書が提出され、記録として保存される活動内容が、
対抗組織への報復制圧 カッコ銃器による鏖殺 カッコ閉じる だったり、
提携企業からの依頼によるライバル社トップの暗殺計画だったり、
ちょっとばかり物騒だってだけの話。(ちょっと?)
そして、その本領が発揮される日没後は、
世間様には内緒の取り引きや、それへの厳重な護衛の他、
他組織との抗争や制圧、遺恨への報復に、
裏切りへの制裁や懲罰等々と、血なまぐさい行為へと赴くわけだが。

 “実働班が日没からしか動かぬって訳でもないがな。”

その方が世間の目を引かぬとか、軍警に察知されにくいとか、
夜といやもっと暗かったし、人の出入りも少なかった大昔からの倣いで
そうとされているだけのこと。
今どきは逆に夜中こそそういう輩の跋扈跳梁があろうと警戒されているし、
深夜でも人が多く行き交うせいで頻発する諍いへの対処のため、
軍警によるパトロールが頻繁な繁華街だって当然ある。
人目がない場所でなら、昼間ひなかからでも物騒な仕儀は運ばれていて、
都市部ではむしろ
人も物もそりゃあ目まぐるしく流れているそこへと紛れさせたほうが
色んな意味から誤魔化しやすいと来て、

 「だからって、荷役会社まで作って艀で乗り着けて、
  堂々と密輸品を掠め取るってのはいただけねぇよな。」
 「な…っ。」

昼下がりの長閑な空気が漂う港の一角、
大型貨物船の錆びついた船腹に寄り添うように着けられた中型船へ、
船端のクレーンを使い、手際よく荷下ろしを敢行中の一団へ。
そっちの船端へ まるで仲間内ででもあるかのような気安さで腰かけていた人物が、
やれやれという語勢の声を掛けており。
不意打ちにもほどがあろう、そのような思わぬ存在の出現へ、
作業中だった十数人ほどもの男らがギョッとしてそちらを見やれば。
ジャケットをウエストカットという変形に改造した黒スーツに、
ポーラーハットともいう丸高帽子をかぶり、足元にはよぉく磨かれた革靴という、
凡そ このような運送船にはそぐわぬいでたちの男が一人、
まるで彼らの作業の監督ででもあるかのような鷹揚さで、
同じ空間内と言って良いほどの範疇内に座っているじゃあないか。

 「な、なんだよ、貴様はっ!」

何の気配もなくのご登場に、亡霊でも見たかのように慄いたものの、
相手は一人、しかもそんなこじゃれた格好をし、
顔を見れば赤い髪を鬱陶しいほど目許へかぶせて奔放に決めた まだうら若い優男。
偉そうな口を利いているが、たった一人で何様のつもりだ、
何か勘違いから気が大きくなってるだけさねと、
気を取り直した一人が居丈高に怒鳴ったのを皮切りに。
他の面々もへッと鼻先で嗤い、最後の荷を下ろしたのを幸い、乱入者へと向き直る。

「一体何の話かしらねぇが、
 そっちこそこの船へ勝手に乗り込んできてただで済むと思うなよ?」

頭数でも、おそらくは場数の数でもこちらが勝さっていようと、
そのいでたちのいかにも洒落めかしたところから判断したようだが、
帽子の男はククッと喉を鳴らすと、何やら可笑しそうに目許をたわめまでして嗤い、
ひょいっと軽快な動作で船端から立ち上がる。

「血の気の多そうな連中だな。そういうの、嫌いじゃねぇぜ?」

一体どこに根拠があるのやら、いまだ余裕の態度と物言いでいるが、
気配をすっかり消して横合いから近づく
彼らの手下が居るってのにはまだ気がついてないらしく。
気づかれぬよう笑いを堪えるのが大変だと
それが常套手段なのだろう、素知らぬ顔でいた彼らだったものの、

 「こんなこすい手が通じると思ってる辺りは甘いよな。」

まるきりそちらを見ないまま、なのにそれは的確に、
気配なし男の鼻先へぶんッと手を伸べると
それは小気味のいい音でパキンっと指を鳴らして見せる。
途端に、

 「がっ?」

鉈を片手に近寄ってた男は“何か”に肩から薙ぎ倒され、
甲板へ顔からびたんッと叩き伏せられていて。

「??」
「ど、どうした、トメ?」

何を一人で詰まらぬ真似してやがると、不審そうに問いかける声を尻目に、
帽子の男はその手を戻すとジャケットのポケットから取り出した革手套を穿き、
きゅきゅうと隅々まできっちり装着したのを確かめるよに
その手指をぐうとパーに何度か開いたり閉じたりして見せてから、

「掠め取られたのが密輸品だから
  “盗まれました”と届けられなかろうってのはどいつも考えつくことらしいが、
 だったら自己救済を繰り出して
 自分たちで仕置きに回るってところまではどうして考えねぇのかね。」

ふんと鼻を鳴らし、やや開いた脚に合わせて腰を落として何かしらの武闘の序章、
堂に入った身構えをする彼だと気づき、
あ…と、賊のうちの一人が何か思い出したような顔になる。

「こいつ、ポートマフィアの中原中也だ。」
「な…っ。」

滅多に地元の討伐には出てこない、
こんな昼間の、しかも雑魚相手になんて何が間違っても差配されない大幹部で、
若手からはその采配の的確さと救援出動の頼もしさから “後詰め専任”と思われているほど。
なので、最近ではあまり顔や姿を知られていない“箱入り幹部”。

 “誰が箱入りだ、誰が

だって、森さんや尾崎さんとばっかり一緒にいるし、
お話が動き出してもなかなか出て来ず、遠征で出かけてたというし、
いざ参戦となっても奥の手で投入って形でしか配置されないし。
だから前衛担当の敦くんといまだに直接戦ったことないんじゃありませんか。
アニメと コミックス10巻以降のみ既読派なので、一番の直近ではどうだか知りませんが。

 「〜〜〜〜っ」 ←あ・怒った (笑)

まあ、それもこれも彼の実力があまりに桁外れだからでもあろう。
重力操作という異能は、最大出力の“汚辱”が禁じ手でも構わぬほどの凄絶な代物。
どんな物質の重さもベクトルも操作出来る最強のそれで。
トン単位の重量をひょいと摘まんで軽々と遠方まで放り投げ、
着地では元の重さに戻せばそれだけで途轍もない砲弾となるし、
対峙する一団丸ごと てんでバラバラなベクトルに載せて一瞬で四散させることも可能。
集中放火された弾幕さえ、腕の一振りという一閃で全弾を叩き伏せられる凄まじさであり。
しかも、

 「哈っ!」

素人では動きさえ追えぬなめらかな素早さ、
ダンっと甲板を蹴ったそのまま中空へその身を躍らせると、
鋭い蹴りが手前から2人ほどを一度に捉え、一瞬の一閃で叩き伏せており。
いきなりびたんっと真後ろと真ん前へ真っ直ぐ倒れた仲間なのへ、

 「な、なんだッ。」
 「どうしたお前らっ。」

怪異現象にしか見えなんだ残りも次々と、
かかとや爪先に引っ掻けられ蹴上げられと、
空中移動の足場扱い、右へ左へ薙ぎ倒されて、
あっという間に屈強そうだったクルーら1ダースほどが伸びた先、
すたんと着地した真っ黒な影の主が、くるりと振り返ったその襟元に、
三連の細い鎖と虎目石に飾られた、剣をかたどった銀のピンブローチがちかりと光る。

「何だなんだ、
 結構な啖呵切った割にゃあ歯ごたえ無さ過ぎっぞ、手前ら。」

はははと高笑いし、
声なく倒れた連中だったが、それなりのドタバタという気配は届いたか、
各所で作業中だった他の顔ぶれも殺到するのへ、
ぺろりと舌なめずりする、喧嘩好きな困った箱入り幹部だった。






 “中原さん、動き出したな。”

陸の方では待機していた相棒が、率いて来ていた黒服らに目配せをし、
恐らく艀はあの場で分解して航行不能となろうからと迎えの船を出させ。
その一方で、倉庫街へ詰めていた索敵班が戻って来たのへ目顔で応と確認を取ると、
この場担当の長に向け、

 「任せた。」

一言だけ残してくるりとそちらへ向かってしまう黒外套の青年。
相手方には上部組織が別におり、
ここで荷を受け取り、そのまま早急に流通へ乗せてしまって
ブツの出所を曖昧にしようという腹なのも掴んでおり。
その搬送担当のいる方へ向かった彼であるらしく。
丸太のような四肢や岩を詰め込んだような屈強な肢体をしているわけでもなければ、
見上げるほどもの長身でもなし。
名のある名刀を腰に差しても居なければ、
殺傷能力の高い銃器を懐に忍ばせてもいない。
火薬や揮発性のある薬品等々の匂いもしないし、
時折口許へ手を当てて咳き込む横顔は
むしろ繊細な文学者のそれと言って十分通りそうなほどに精緻な整いようであり。
面差しの嫋やかさに合わせてか、その身もすんなりと細く、
とてもではないが黒服の集団を率いている幹部格には見えぬ。
コツリコツリという靴音も堅く、
散策の傍ら、潮騒の音をそっと聞いているだけなように見える趣だが、
そんな彼の到来を先んじて察知したらしき輩ども、
やや古びた倉庫長屋の屋根へと登ってサブマシンガンやライフルを構えた顔ぶれが、
にやにや笑ってそれらの照準を次々に定め。
スコープの中、無表情でも一級のビスクドールのようにしっとり麗しいお顔へ
無残な風穴を開けてやるぜ、何ならお綺麗な鼻なり頬なりが吹き飛ぶほど抉ってやろうかと
弑逆的な興奮に口許が開き切ってる者までいる中、
突然の雷鳴が鳴り響いたかのように、銃撃の幕は切って落とされ。
その銃声の幕自体が物理的な塊のような重々しさと激しさで、分厚くも長々と弾幕が張られ、
蹴立てられた古びた舗装がもうもうと土ぼこりを舞い上げて、
倉庫に挟まれた搬入路はあっという間に、
誰の姿も拾えぬ 透過不可能な有様と化した。

「ちょっと手ぇ緩めろ。」

通路の向こうから、慌てた様子で逃げ込んでくる仲間内が見えたのへ、
こちらの一団のリーダー格か、
やたらごついハンドトーキーを手にしたリーゼントの男ががなり立て。
それでもすぐには止まぬ銃声は、
なかなか振り切れない洗い物から垂れる水のように
しょぼしょぼとキリなく響いてから、やっと制されたのへ数十秒ほどかかったか。
色濃く垂れ込める砂ぼこりの靄が充満する通路を勝ち誇ったように見下ろしていた面々が、だが、

「うあっ。」
「がぁっ。」

次々に野太い悲鳴を上げ、その靄の中へと墜落し倒れ込む。

「な…。」

銃声も何も不審な物音はないままであり、突風が吹いたような気配もない。
ただならぬ何かが起きているには違いないと、怪訝そうに見守る靄が、
ふとゆらりと震えたかと思ったそのまま どんっと一気に弾け飛ぶように吹き払われて。

「…え?」

何が起きたかと目を凝らしたその焦点が、ちゃんと合った者がいかほどいたか。
轟々と巻き上がる突風は、
うら若き異能者の外套から黒い幻獣が一斉に飛び出したがための加速風。
逆巻く嵐のような疾風に乗ってか生んでか、
四方八方へと伸びた不吉な赤い帯電まとった黒獣たちは、
各々の獲物へ飛び掛かると、貫き、締め上げ、切り裂いて。
倉庫の屋根を錆び以上の赤で塗り替えてしまう勢いで暴れ回る恐ろしさよ。

「……。」

本来ならば、中原が任じた先鋒を務める遊撃隊長だが、
今日は久々の先鋒をやんぞと先輩に宣言されたのでと、
これでも逃げるクチを取りこぼさぬよう、搬送班の一掃へ回った“後衛”なのであり。
徹底抗戦を構えての籠城相手でも、途轍もない頭数でかかられても、
お構いなしの一気に叩き伏せてしまえる、彼の異能 “羅生門”の破壊力は絶大。
息絶えた連中の隙間や狭間、何とか息がある手合いを部下が探し当て、
組織の内情を聞き出すよう指示をして、さて。
元居た埠頭近くまで戻れば、
あまり歯ごたえはなかったがそれなりに体は動かせたとご満悦な
赤毛の大幹部様が湾内から艀で帰還しており。

 「そっちも 方ぁついたか?」

訊かれて“はい”と清廉素直に頷く黒外套の青年隊長へ、
よしよしと満面の笑みで満足げに頷く中也なのはいつものことだが、

 「じゃあ、本拠へ風呂入りに戻るぞ。」
 「う……。」

このまま解散だと思ってたんなら甘いぞ芥川。
貴様、だざ…連れ合いの眼がないと途端にずぼらしやがって。
今朝からすでに鉄臭かったの気付かれてねぇと思ってたんか、
このまま血生臭いままでいようってんなら、敦にも逢わせんからな、と。
箱入り幹部、今度はママへ早変わりし、
風呂ギライな長男の襟首掴んで強引に社のベンツに放り込むと、
自身も乗り込み、帰還するよに運転手へ命じたのであった。


  to be continued.(17.06.02.〜)





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 *うっかりすっかり長々と書いてしまいましたvv
  中也さんの格闘とか久々だったんだもんvv
  (と言いつつ、ほぼ おちょくって終わってるが) 笑